カエルの子はカエル
あぜ道の華 作
1話
両親がスキもの同士のせいか、洋子には女ばかり五人も姉妹がいる。
上から、静子、由美子、私洋子、早苗、和江。
大半が年子だから、母は若い数年間をほとんど腹ぼての格好で過ごしたことになる。それを意に介さず、欲望のままに肉棒を串刺していた父は、野良仕事以外には車の運転ひとつできない百姓だ。
太陽に焼かれて必要以上に深い皺のある日本猿にそっくりのこの父を、母が何故愛したのか子供の頃にはまったくわからなかった。若い頃の母は、キャスターの小宮悦子さんに似た知的で豊満な美しい女性だった。この田舎にはそぐわない。噂では、地主の神林さんの愛人だったのだが、子供ができて処理に困ったところで、小間使いとして働いていた父に押しつけたと聞くが、真偽のほどはわからない。
ただ、長女の静子は、どこか神林さんに似て、面長の目で凛とした顔立ちをしている。
そういう目でみると、次女の由美子は、90センチに迫る大きな乳房で開放的な性格だ。無口で、ネクラな私とはとても同じ親から生まれたとは思えない。
疑えば疑うほど、姉妹に共通点が見いだせなくなるのだが、ひとつだけ確かなことは、私の顔は紛れもない父からの遺伝で、姉妹の中では際だってまずかった。髪は硬い天然パーマ、目は斜視気味で、受け口。おっぱいは左右の大きさが違う。あだ名が「ぺちゃぱい」なのだから、あきらかに姉の由美子とは違う。その上、腋臭がひどくて、中学では毎日ひどいイジメにあっていた。
イジメは、学校だけではなかった。
母も姉妹の中で私一人を極端に嫌った。自分がお腹を痛めた「醜い子」が我慢ならなかったのかもしれない。あるいは父の子を産んでしまったことへの後悔も混じっているのだろうか。
母に溺れ、母を甘やかしてばかりいる父は、同調して私一人を差別した。自分にそっくりなことも忘れて、私を「ブス」といい、「臭い」と鼻をつまんで夕餉の席を他の姉妹と分けたりした。
本来、悲しむべきことなのだろうが、洋子自身も不思議なくらいこうした状況が平気だったのだ。
いいえ、正直に語ろう。そのためにこれを書いているのだから。
洋子は、虐められるほどに、体中が熱くなり、股間が湿ったのだ。真性のマゾ的な生活を帯びているのは、幼い頃からイジメられて育ったせいか、あるいは、他の姉妹には絶対見せないのに、洋子には平気で、好んで、両親が交尾するところを見せられたせいだろうか。
両親は、母屋の横にある収穫した葡萄を箱詰めする小屋の中でよくセックスをしていた。小学生だった私だけが、そこの呼ばれ、ステンレスの作業台の上で三白眼になり、よだれを流しながら、「とうちゃぁん、いいわ、いいわ」などと甘ったるい声を出している母を見るように言われた。
母は、箱詰めに使うビニールの紐で縛り上げられている。父が洋子に好んで見せた「SM雑誌」の写真と同じように、母の腿や乳房には、真っ赤な蝋涙が散ってもいた。
「洋子、女に学問なんかいらねーぞ。かぁちゃんみたいにいい体してれば、食ってけるんだ。早いとこ、お前もこういうことして稼ぐんだ」
父はこういいながら、娘のスカートをまくり、まだ毛の生えていない割れ目を開いて、節くれた指を入れてくる。
それが性の快楽ともわからぬまま、洋子も体を熱くして、自分から腰を使ったりして母に、「洋子は、絶対にスケベな子になるよ。顔がまずいんだからテクニックにはやいとこ仕込まないとね」などと憎々しげに言われたものだった。
その2 初めての頃
今から30年も昔の農村だ。教育委員会も強くなければ、クレイマーペアレンツなんてものも存在しない。
特にこの地域は昔から「ばんこ遊び」という強姦が風習として許されていたおおらかな土地柄で、男は恋人ができると友人にその恋人の体を回すなんてことが公然と行われていた。
姉の由美子は「ばんこの女王」と言われている。長女の静子も「ばんこ」で寝たのをきっかけに恋人と友人と二人の男に同時に迫られて、獣のような声を上げているのを洋子と妹の早苗でよく覗きに行っていた。
幸い私たち姉妹の部屋は、母屋から少し離れたところに建てられた工事用のプレハブの中にあって、親の目を気にせずに男を入れることができた。二人の姉が中学時代から男を入れて、ひどいときにはワンワンスタイルでつながったまま廊下を歩いていた。
こんな環境に育ちながら、洋子に声をかけてくる男はいない。
私は、父のSM雑誌を盗んで部屋にもってきては、日本手ぬぐいを縛って瘤をつくって、おまんこにあてがい「縛り」の感覚を味わってみたりしている。鉛筆でクリトリスをツンツンと突いて、感じた体がガクンガクンと揺れるのを楽しんだりしていた。
気がつくと、私のクリトリスは割れ目から芽のようにでるほどに大きかった。指でつまんでコリコリすると、その芽は余計に醜く腫れた。
この体に父以外に触れてきた初めて男は、中学二年のときの担任小原道明だった。短足でデブで、女子更衣室やトイレを覗いているという噂の絶えない小原先生は、女生徒からは蛇蝎のごとく嫌われている。写真部の顧問をいいことに一眼レフを学校に持ち歩き、生徒のブルマー姿を執拗に追いかけたりして校長に怒られているような男だった。
その小原先生が、ある日洋子を職員室に呼んだ。
夕方で、ほかの先生がいないことを確認すると、先生は机の一番上の引き出しから封筒をとりだした。中には、大きく引き延ばされた洋子のブルマー姿や白パンツをはいて掃除をしている写真がスケベなアングルで切り取られていた。
「洋子、ここ見てみぃ。お前の股間だけ、海老原や吉田と違って、妙に土手が盛り上がり、ぱっくりと割れ目が見えているだろ。お前、男の気をいこうとしてノーパンで授業受けてるんじゃないのか?」
そんな無理矢理な質問を投げかけて、「どれ、先生が見てやろう」と抱きついてくるなり、洋子のスカートをお尻の側からまくった。
当然パンティをはいている。しかし先生は、それをぐっと引き下げて、「やっぱり、ケツ丸出しだろ。いけない子だ」と言って洋子の唇にねっとりとした舌を入れてきた。
洋子だって、女だ。
できれば初体験は、もっと美しい男性としたかった。
けれども、洋子の被虐的性格は、学校の職員室で、みんなから嫌われている醜い教諭に犯されるのもいいかな・・・と思わせた。
洋子は、口を離そうとするところを、小原先生の口に舌を入れ、からませた。
「思った通りのスケベだ、おまえは」
というなり、先生は洋子を校長室にまでひきずりこんで、ソファに手をかけるだけのワンワンスタイルのまま、大きく膨らんだおちんちんと肛門には指を同時に挿入してきた。
「あ、あ、い、痛い・・・」
脳天を突き刺すような痛さが体を走り、それが抜けると、メリメリとおまんこを割り裂く肉棒の固さを快楽としてもう体がとらえていた。
「おお、な、なんだ、この小指みたいなクリトリスは!」
先生も思わぬ発見に声をあげる。
「いじって、ね、先生、いじって・・・」
洋子は、股に伝わる鮮血も気にせず、激しく腰をふり、母親のような三白眼になって、よだれを垂らした。
その3 奴隷契約書
洋子のマゾ性をすぐに見ぬいた小原先生は、洋子を「女」として扱うことをすぐにやめた。
「犬畜生にも劣る奴隷」と私をいい、勉強などちっとも頭に入らない色惚けした変態に仕立ててやると囁いた。
ある日、「これを自分で書いてこい」と渡されたメモには、こんなことばが書かれていた。
奴隷契約書
私須賀洋子は、小原道明様を生涯のご主人様とし、生命に別状のない限りどんなに恥ずかしい調教も喜んでお受けすることをここに宣言致します。
奴隷の洋子には、ご主人様の命令を拒否する権利は一切ございません。例えそれが法をおかし、人様から不道徳と後ろ指指されても、すべて洋子の責任として命令を全うすることを誓います。
私須賀洋子は、自らが奴隷であることを常に確認するために以下のことを日々実践致します。
1 命令に対しては、「はい」と答えるかわりに、いつでもどこでも、
「おまんこ」と答える。
2 おまんこの毛を自分で剃り上げ、常にぷっくりとした割れ目を
出しておく。
3 豚奴隷と自らが認識するために、脇毛を伸ばして腋臭をより強調し
臭い豚女となる。
4 命令があれば、屋内戸外を問わず、いつどこからでも駆けつけて
調教を受ける。
5 下着泥棒や売春など、法を犯す調教にも積極的に参加するが、
責任はすべて洋子自身にあり、ご主人様を罪に問うようなことは
しない。
身勝手な項目が並べば並ぶほど、洋子を興奮させた。
洋子は、これを半紙に筆で書き写し、最後には命令された通り、おまんこに朱墨を塗って、「マン拓」を押した。それは思ってたよりもずっとリアルに洋子のあそこのカタチを写し、赤貝のような格好のいやらしい姿で洋子が奴隷であることを証明したのだった。
その4 調教
調教は、主に深夜、あぜ道か学校で行われた。
洋子が夜中に家をでても、姉妹たちは何も気にしない。それが幸いだった。
洋子は決められた通りの道を通って、小原先生の待っている場所まで行った。夜中にあぜ道など人が通るはずもない。よって格好は、真っ赤な犬の首輪ひとつだった。
田植えを終え、水を讃えた田んぼからは幾千匹のカエルの声が不気味に響く。ギラギラとしたカエルの目が、すべて洋子の裸に向けられているように感じられ、怖い。
先生も裸同然の格好で立っている。
一枚だけ身につけているのは、洋子が先に渡した姉妹の汚れた下着だ。姉の静子も由美子も教えていた先生は、二人の体も抱きたいと妄想していたそうだ。洋子は、命令を受け、洗濯機の中から二人の汚れ物になったパンティを盗み、先生の渡した。
先生は、由美子のハートのついた下着を頭にかぶり、明子の黒いレースのパンティをおちんちんに巻いて立っている。
それを見つけると、洋子は、歌うように、踊るように、そう狂ったように、お尻を振り、おっぱいをもみ、色惚けした変質者として、こんなことを口ずさむ。
「えっぺ、おそそ、おべべ、おべんこう、おめこ、ちょんこ、へっぺ、ぼぼ、ぼんぼ、めこ、めめ、めめじょ、洋子のおまんこ、洋子のぬれぬれのエッチなおまんこを慰めてください、ごしゅじんさまぁ・・・」
この呪文を幾度も幾度も唱えると、不思議なほど洋子の体から羞恥心が消える。道德心もなくなる。人間であることも忘れて、鼻がちょんこ、おっぱいがへっぺ、尻がめめじょと、全身が巨大な性器になるような気がした。
「奴隷・須賀洋子の調教をよろしくお願いします」
あぜ道の砂利に額をつけて三つ指で土下座をし、
「今日のおまんこは、このようになってます」
と言って、今度はがに股に足を開いて、輪ゴム遊びでもするかのように、指でおまんこを開いて見せる。
調教のメニューは、日によって変った。
ある時は、先生のクルマで学校まで戻り、朝礼台の上でオナニーをした。教室に入り、先生がお気に入りの吉岡さんや海老原さんの縦笛を洋子に股間に入れ、時々空気が漏れて「ぴぃ」と情けない音がでるのを楽しみもした。
クラス全員の上履きを下駄箱から集め、その上におしっこするように命じられたこともある。
翌日、みんなが洋子のおしっこのかかった上履きを履いているのかと思うと、一日中興奮し、トイレに行く度におまんこを慰めなければならなかった。
おしっこばかりではない。脱糞もした。
「両親の仕事を手伝うと思って、稲に肥やしをやれ」
と言われ、浣腸されたまま田んぼに足まで使って、ぶりぶりとうんこを垂れ流す。それまで、不気味に鳴いていたカエルたちが、洋子の放屁と脱糞で、しーんと静まりかえるのが、怖くてしょうがない。それでも、これだけの辱めを受けることを洋子はたまらなく嬉しく思えていたものだった。
その5 その後
中学から高校にかけて、洋子は小原先生の手によって完璧な性奴隷に仕立てあげられた。
ある時、父がまた母と交わる姿を洋子に見せて快楽を得ようとしていると知ると、洋子は素直に従って葡萄小屋にまで行き、ビニール紐で縛られ、「汚い目で見るんじゃないよ!」と毒づく母の前で服を脱ぎ、母の背後からおっぱいを揉んだ。
「洋子を産んだ場所をおかぁさん、見せてごらん」とイヤらしくいい、洋子は母の股間に顔を埋めて、産まれた場所に舌を入れた。
「ひ、ひぃ!この子は狂ってる!父ちゃん、洋子、狂ってる。怖い!怖い!どけて!洋子、やめなさい!」
と身をよじる母に、
「あんたが産んだ子だもの、狂ってるに決まってるじゃない。ねぇ、お父さん」
といい、今度は父の股間をすっぽりと口で含み、しごきはじめた。
頭の悪い父だ。快楽のことしか考えられない父だ。
「おぉ、洋子、うまいじゃないか。これからはかぁちゃんとセットでイジメてやっからな」
と言った。
このとき私はわかった。
母が、なぜこんなバカでサル顔の男に惚れたかを。
父の肉棒は、小原先生とは比べものにならないほど大きく固く、カリが広がった特別のものだった。
こんなものに突かれたら、女はひとたまりもない。
洋子は、縛られている母を尻目に、棹を舐め上げ、「おとうちゃん、洋子にもほしい」と言った。
「とうちゃん、近親相姦だよ!ダメだよ、そんなことしちゃ」
という母の絶叫も無駄。
父は、洋子を抱き上げて、肉棒を挿入してきた。
この瞬間、洋子は真の獣になった。
奴隷としての自分が、完成した気になった。
あれから30年近い月日が流れ、洋子は風俗を渡り歩き、知らない男の子を二回おろした挙げ句、人の良さそうなサラリーマンと過去を隠して結婚した。
娘を一人産んだものの、夫にも娘にも隠れて、昼は奴隷として殿方に珍芸を見せたりしている。
そして最近、さらなる地獄を求めて疼く体を押えることができない。
そう、娘が今年、私が小原先生に調教された中学2年になる。
先日、娘の部屋を掃除していたら、ベッドの下にSMを題材にした少女マンガが三冊隠してあった。
洋服ダンスを調べたら、誰からもらったのか、自分で買ったのか、紫色にピンクのレースを施したスケスケの勝負パンツが見つかった。
そろそろ娘に教えてやろうかな。
えっぺ、おそそ、おべべ、おべんこう、おめこ、ちょんこ、へっぺ、ぼぼ、ぼんぼ、めこ、めめ、めめじょ・・・広子のおまんこ、おかぁさん、広子のおまんこをもっとエッチにして・・・とお尻を振らせてみようかな。
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