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妖魔戦記

魔獣姫 作


7話

ハルファスは妖精の首筋に置いていた頭をゆっくり上げた。
「これで、満足ですか?」
「ええ。ありがとう。」
荒い息で語り合い、見つめ合うピジョンブラッドアイとアクアブルーアイ。今度は軽く触れるだけのキスをした。
「外しますよ。」
「うん・・・はうっ!」
自分の中からものが抜かれる感覚に思わず声を上げるロザリー。
ハルファスはロザリーの隣にその白い体を横たえた。翼は邪魔にならないようにたたんでいる。ちらりと横目で隣の妖精を見た。
呼吸のたびに先端の尖った豊かな胸が上下し、イッたばかりの顔は色気と美しさがあった。
ハルファスはその顔に美しさと愛おしさを感じ、突如ロザリーをギュッと抱き締めた。抱き締められたロザリーは困惑していた。
「は、ハルファス?」
「これで貴女の肌も消毒できました。僕の匂いを付けましたからね。」
抱き締めたことを誤魔化すように、やや悪戯っぽい口調で答えたハルファス。しかし、そのような口調とは裏腹に、彼は恐れていた。自分はこの妖精を愛しているが、彼女は自分を嫌っていて、縛り付けるものが無くなれば離れていくのではないのかという、失うことへの恐怖心。ハルファスは今まで数多くの大切なものを失っていた。そのような彼の過去が、失うことを恐れさせていた。
ロザリーはそんなことは露知らず、安心して魔族の腕の中でまぶたを閉じ、眠りに落ちた。

ロザリーがベッドの中で目を覚ますと、きちんと真新しい服が着せられていた。
袖とスカートの裾にレースがあしらわれた、鎖骨が見える襟無しの白いドレス。ウエストの部分には深緑のリボンが巻かれ、腰のところで蝶結びになっている。
「ロザリー、起きましたか?」
ハルファスのかすれた声が部屋に響いた。彼は椅子に腰掛け、ルーペを片手に読書をしていた。
「ええ。この服、貴方が?」
「はい。僕が作った物ですが、それが何か?」
「とても素敵よ。ありがとう。」
にこりと微笑むロザリーに、ハルファスも優しい笑みを浮かべる。顔の焼け爛れた右半分が不気味に歪んだのが見えたが、醜いとは思わなかった。
そこへガルムがパタパタと尻尾を振りながら入室してきた。
「あら、おはようガルム。」
「おはようございますガルム。どうしたんですか?朝食ならもう少し待ってて下さい。」
ガルムは声をかけてきた2人の顔を交互に見た後、尾を振って鼻を鳴らした。
「クーン、フーン。」
「なっ!?貴方、まさかご覧になってたのですか!?」
「フオーン、キュンキュン。クーン。」
「!!」
少々会話を交え、犬の返答に一気に真っ赤になるハルファスの顔。
「なに?ガルムはなんて言ってるの?」
「・・・お聞きに、なりたいですか?」
尋ねるロザリーに、ハルファスは恥ずかしそうな表情をした。
「ええ。まあ。」
ロザリーが困惑気味に答えると、ハルファスはハアとため息を1つ吐いた。
「ガルムはですね、『お2人さん、楽しめたみたいでなによりなにより。』って最初におっしゃったんです。」
「ええ!?」
「で、僕の見てたのかという質問に、『いーえ、キスシーンまでです。でも匂いでわかったよ。昨夜は相当燃えたようで。』って。」
「!!」
ハルファスが通訳したガルムの言葉を聞き終えた途端、ロザリーの顔も真っ赤に染まった。
ガルムは舌をペロッと出し、スタスタと部屋から出て行った。「さて、邪魔者は消えますか。」とでも言うように。
ガルムが去った後、部屋には気まずい沈黙が流れた。やがてハルファスがその沈黙を破って、ロザリーに声をかけた。
「ロザリー・・・その・・・一緒に城を見て回りませんか?生活するのに必要な施設をご案内いたします。」
「・・・・・ええ。」
差し出された白い手に、美しい手が重なった。

それからハルファスのロザリーに対する態度が少し優しくなった。「命令」ではなく「お願い」するようになったし、ロザリーに求められれば応えた。
しかし、ハルファスは彼女に境界を作って接していた。食事の時はロザリーと別に摂り、眠っていても時折うなされて飛び起き、荒い呼吸をし、怯えるように体を震わせることが何度かあった。尋ねてみても「なんでもございません。」と答えるだけ。ハルファスがロザリーに心を許していない決定的な証拠は、首輪を外そうとはしなかったこと。彼が心を許しているのはガルムだけ。それが自業自得だとロザリーにはわかっていたのだが、やはりどこか寂しかった。

ロザリーがこの城に来てから3ヶ月ほど経った日のこと、城の外がやけに騒がしかった。
「なんだか外が騒がしいわね。一体何があったのかしら?」
ロザリーがそう独り言を呟いていると、ガルムが慌てた様子で部屋に飛び込んできた。
「あらガルム、そんなに慌ててどうしたのよ?」
「ワンワンワン!フーン!ワンワンワン!」
必死でガルムは訴えるが、生憎ロザリーには何を言っているのかわからない。
「ごめんね。私には貴方の言ってることがわからないのよ。」
「クーン!クーン!」
するとガルムはロザリーの袖をくわえ、グイグイ引っ張る。
「え?ついて来いって言うの?」
ロザリーはガルムに引きずられるように部屋を出た。
ガルムが壁の石の1つを鼻で押すと、そこに小さな窓が1つ現れた。それを覗くようにロザリーに教える黒い犬。訳がわからぬまま、水色の瞳で窓の外を見る妖精。
「な、何よこれ!?」
彼女の目に映ったのは、まるで砂糖に群がる蟻のように、城の周囲を埋め尽くす集団だった。
「ロザリー!」
「ハルファス!」
黒い鎧姿のハルファスが走り寄ってきた。
「ハルファス、あれは一体何なの!?」
「ご覧になられましたか。大魔王の奴が僕を始末しようと、妖精王と手を組んで差し向けてきた軍隊です。」
言いながら厳しい表情で外を見据える白い顔。
「よ、妖精王様が!?どうして!?」
「憶測ですが、手を貸せば領土を返してやるとでも言ったのでしょう。それくらい、僕は奴にとって厄介者なんですよ。」
自国の王の裏切り行為に動揺するロザリーに答えて、彼は苦笑した。傷痕がこの先に待ち受ける未来を暗示するかのようにグシャリと歪んだ。
「どうするの?」
「決まってるでしょう。退治してまいります。」
「そんな!!あんな数、いくら貴方でも無茶よ!!」
「無茶でも、やらなければこの城は落とされてしまいます。もしここが落とされれば、全員無事では済まないでしょう。」
「けど!!」
「ロザリーはここに隠れていてください。この城に居れば絶対に安全です。様々な仕掛けが貴女を守ります。ですが、万が一のことも考えて・・・。」
ハルファスはロザリーの首輪にキスをした。すると、何をやっても取れなかった首輪が、いとも簡単に外れた。
「あ・・・。」
「これで妖力が使えるはずです。その状態なら、自分の身ぐらいは守れるでしょう。」
ハルファスはニコリと優しく、悲しげに微笑んだ。
「ガルム、ロザリーを頼みましたよ。」
「ハルファス!!」
全身黒装束に包んだハルファスは、ガルムに愛しい妖精を託し、敵軍を迎え撃つために戦場へと駆け出していった。

「皆様、僕をお捜しですか?」
上空からかすれ声が降ってきた。何億もの視線が見上げると、そこには白い翼を生やし、右手に剣を所持した黒装束の魔族が浮いていた。
「このハルファスの相手をするからには、それなりの覚悟はできてるんでしょうね?」
剣を敵軍に向けながら、彼は覚悟を決めていた。最早生きて帰れないだろうと・・・。

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更新日:2010-01-23

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