妖魔戦記
魔獣姫 作
2話
それから十年もの年月が流れ、ロザリーは美しい妖精に育っていた。
腰まで伸びた艶のある赤毛、水色の瞳、整った顔、蜻蛉がごとく透き通った羽、華奢な体からスラリと生えた手足。それらのパーツが、ロザリーから美術品のような輝きを放たたせていた。彼女に求婚する男は何十人もいたが、彼女は断り続けた。
「ロザリー、これでもう28人目よ。彼のどこが気に入らないの?貴女これだけ断り続けるなんて、何を考えているの?」
その夜、28回目のお見合いを断った娘に、母親は理由を尋ねていた。
「ごめんなさいお母様。別にその人に不満があったんじゃないわ。私、どうしても結婚したくないの。それだけよ。」
ロザリーは自分自身でもわからなかった。なぜここまで拒否をするのか。
今日の相手の男も悪い人ではなかったし、今まで求婚してきた男達にも拒絶する理由は無かった。自分の結婚は大好きな母親の望みなのに、どうしても嫌なのだった。
「た、大変です!!奥様!!お嬢様!!」
召使いの1人が、慌てた様子で2人の居る部屋に駆け込んできた。
「どうしたの?何があったの?」
「ま、魔族が、魔族が妖精界に進軍してきました!!」
「なんですって!?」
「やつらは今どこに?」
ロザリーが壁にかけてあった自分の剣を取りながら質問した。
「あの野蛮人共は、向こう隣の町を襲い、征圧したとのことです!!」
召使いは息も絶え絶えに報告した。
「私、見てくる!」
「ロザリーだめよ!!危険すぎるわ!!」
現場に向かおうとするロザリーを母親が引き止めた。
「大丈夫よお母様。私は妖精界一の剣の達人なのよ。魔族なんかに負けはしないわ。」
言うが早いか、ロザリーは羽を広げ、ベランダからそのまま飛び立ってしまった。
町に着いたロザリーが目にしたものは、酷い光景だった。
町の建物という建物が焼き尽くされ、切り刻まれ、打ち砕かれ、破壊しつくされていた。
町の中央には死体を積み上げた屍の山ができていた。上空のロザリーが確認しただけでも、老若男女、死因問わずにたくさんの死体が、身包み剥がされて重ねられているのだった。
「歯向かう者は容赦なく殺しなさい。投降した者にも油断しちゃいけませんよ。隙あらばやられるのはこっちですからね。捕虜は全員身包み剥いで縛り上げ、見張りを付けておきなさい。」
かすれ声がロザリーの耳に届いた。見ると、男が1人、屍山の横に立って周りの者達に指示を出している。右手には剣を握っている。どうやらこの男が司令塔のようだ。
男の容姿を一言で言い表すなら、全身真っ黒だ。グローブにブーツ、身に纏う鎧まで黒尽くめ。おまけに顔を覆う鉄仮面まで真っ黒だ。この仮面はフルフェイス状のもので、烏が大きく開けた口の中から顔が出ているようなデザインだ。後頭部から房飾りの代わりに鎌のようなものが4つ、とさかのように付いている。烏の目、鎧の胸にルビーが装飾されているが、仮面の奥の目がルビーよりも真っ赤に、赤い星のように輝いているのがなんとも不気味な男である。ただ、背中から生えている翼だけは真っ白だった。
軍隊の司令塔の姿を確認し、ロザリーは一気に降下した。
「待ちなさい!これ以上の横暴は、このロザリーが許さない!」
ロザリーは軽やかに舞い降り、剣をリーダー格の黒い男に向けた。近くで見て気付いたのだが、男はかなり長身だった。
「ロザリー!?貴女、今ロザリーと名乗りましたね?」
黒尽くめの男が、自らに剣を向ける赤毛の妖精に尋ねた。
「そうよ!私がバラの妖精の貴族、ロザリーよ!」
そう答えたロザリーに、周りに居た部下の魔族が襲いかかろうとした。が、黒い男が片手を上げて制止させた。
「そうですか。やはりその赤毛、見覚えがあると思いました。」
「貴方、私のことを知ってるの!?」
「知っているも何も、昔一緒に遊んだではありませんか。」
「ふざけたこと言わないで!私が魔族なんかと遊ぶわけ無いでしょう!」
「この顔を見ても、そんなことがおっしゃれますか?」
そう言うと剣を納め、男は仮面を外した。仮面の下からは蒼白な美青年の顔が現れた。ただし、顔の右半分は焼け爛れ、形が崩れている。続いて、中から程よい長さに切られた真っ白な髪がふわりと流れ落ちる。男のまぶたがゆっくりと開き、ピジョンブラッドの瞳孔がぎらぎらと輝いているのが見えた。
「久しぶりですねロザリー。またお会いできて嬉しいですよ。」
「は、ハルファス?」
なんと、魔族達を指揮し、妖精界に侵攻してきたのはハルファスだったのだ。
「貴方、本当に、ハルファスなの?」
「そうですよ。妖精の少女に顔を崩され、見捨てられた哀れな魔族の少年、ハルファスの成れの果てです。」
恐ろしいかすれ声で答えるハルファス。かつてのあの優しい声は影も形も無い。
「貴方、死んだんじゃ?」
「お生憎様。僕はこの通り生きてます。嫌いな魔族が死んでなくて、残念でしたね。」
「どうして?」
「生きているかって?話して差し上げますよ。貴女に見捨てられた後、僕がどんな生活をしてきたか、どんな苦痛を味わってきたかをね。」
ハルファスはニヤリと不気味な笑みを浮かべた。その笑みにロザリーは思わずぞっとした。
「川の流れに飲まれて気を失ったあの後、僕は顔を襲う痛みで目が覚めました。起き上がって周りを見渡すと、そこには海と、打ち上げられた屍以外、何もありませんでした。どうやら僕は流れ流れて、どこかの島に打ち上げられたようでした。屍の山を目にした時の恐怖感は、誰にもわからないでしょうね。腰が抜けてその場にへたり込みましたよ。その時水が手に触れ、ふと後ろを向いて、水面に映った己の顔の惨状を、初めて目にしました。ズルズルに焼け爛れて、二度と元に戻れないと悟りましたよ。これは悪い夢だと思った。いや、思いたかったと言ったほうが正確ですかね?そんな現実逃避も、海水まみれの手で顔に触れた時、海水の塩分が沁みることで打ち砕かれました。傷の痛み、絶望、悲しみ・・・様々な思いと感情が、僕を襲い、突き上げ、そして僕は泣き叫んでいました。
やがて顔の痛みと共に僕を襲ったのは空腹でした。周りには海水以外の水は無く、食料になりそうな物も、屍以外ありませんでした。当時の僕は、こんな顔になって、死肉を食べるくらいなら、死んだほうがマシだと思いました。けど、日が経つにつれ、空腹が増すのに比例してそんな考えはドンドン消えていきました。そうして五日後、我慢の限界がきた僕は、ついに死肉を口にいたしました。口中に血が溢れ、生臭い臭いが鼻をつき、何度も吐き出しそうになりましたが、それでも食べ続けました。なぜかって?『死にたくない』。ただそれだけです。最初は嫌で嫌でたまりませんでしたが、だんだんこの味を美味いと思い始めました。まあ、慣れというやつですね。以来、僕は流れ着いた屍を好んで貪るようになりました。たまに生きてる人が来たこともありましたが、殺して食べました。島を脱出するまで、そうやって何年も生きてきました。そんな生活を送っているうちに、いつの間にか声はすっかりかすれ、人肉以外食せなくなっていました。魔界に帰ってからも、空腹になれば殺戮をし、周囲から『白い蟷螂』というあだ名まで付けられてました。もっとも、殺したのは、僕を虐げていた奴らだけですがね。やがて、僕は王族として認められ、伯爵の称号を与えられ、一族に迎え入れられました。僕に食べられたくない一心で、僕の機嫌を取ろうとした所作なんでしょうが。
僕が伯爵になってからそんなに経たないある時、妖精界への進軍の話が入りました。かわいい貴女に会えると思い、僕は志願して魔族の軍隊に入隊しました。もともと魔族の中でも一番強い魔力を持っていた僕は、次々と戦歴を上げ、わずか1ヶ月で26の軍団の総司令官になりました。
これが、今日まで僕の歩んだ道のりです。今思えば、貴女に罵声を投げ付けられたあの瞬間に、僕の人生は狂ったんでしょうね。」
語り終えると、ハルファスは怒りと残虐さを秘めた視線をロザリーに向けた。
「彼女の始末は僕に任せなさい。捕虜の見張りの者を残し、全員早く次の所へ迎いなさい。」
ハルファスが顎でしゃくって部下達に指図した。部下達は素直にさっさと次の地へ向かう。
「ま、待ちなさい!!」
「貴女のお相手はこの僕です。」
慌てて追いかけようとするロザリーの前に立ちふさがるハルファス。
「ハルファス、そこをどきなさい!」
「無理なご相談ですね。僕を退かしたかったら、僕に勝つことですね。」
黒い鎧を纏ったハルファスは、剣を鞘からゆっくりと引き抜き、構えをとった。
「・・・やるしかないようね。」
ロザリーも持っていた剣を構える。
睨み合う血色の目と水色の目。2本の剣の刃が月光にきらめく。刃を輝かせている月光が、死体の山にも降り注ぎ、地面に暗い影を落とす。そこには不気味な静寂が横たわっていた。
「「!」」
静寂を破って飛び出す2つの影。キンッと音を立てて何度も重なる剣。お互い一歩も引かず、そのままの状態で空中へと舞い上がる。月を背にするところまで上昇し、飛び離れる妖精と魔族。
「えい!」
ロザリーが妖力でバラの花びらを操り、無数のダーツの矢のように相手に向けて放つ。
「ふ。」
鼻先で笑い、片手を軽く前に出しただけで全ての花びらを止めたハルファス。さらにその手を横に払い、花びらを発信源に返す。ロザリーは返ってきた花びらの矢を剣で切り払う。
「やりますねぇロザリー。では、次はこちらの番です。」
ハルファスは左手で刀印を作ると、指先を敵に向けた。途端に物凄い竜巻が発生し、ロザリーに襲いかかってきた。
「は!」
花びらの渦を竜巻の正面から叩きつけ、打ち消してしまったロザリー。
「強いですね。僕と互角に渡れたのは、これまでのところ貴女だけです。」
剣を構えながら、不敵な笑みを浮かべるハルファス。
「私は妖精界一の剣術士よ。貴方みたいな出来損ないに負ける訳が無いわ。」
同じく剣を構えるロザリーの言葉に、ハルファスはピクリと反応した。
「い、今、何て言った?」
ワナワナと体を震わせながら問うハルファス。彼の持つ剣の先まで震えている。
「何度でも言うわ。貴方みたいな魔族の出来損ないの失敗作になんか負けないわ。」
ロザリーの返答に、ハルファスの縦長の瞳孔が細くなった。
「きっ・・・・・さまああああああああああああああああああああああああ!!」
怒りの絶叫とともに、黒い矢のように突っ込んで来るハルファス。再び2つの刃が音を立てて重なり合い、睨み合うピジョンブラッドアイとアクアブルーアイ。だが、次の瞬間、
パキンッ
交じり合っていた片方の剣が折れた。そのまま相手に蹴飛ばされ、落下する赤い影。それを追って軽やかに着地する黒い姿。相手が起き上がる前に、さらに相手が動けないように、魔力でロープを動かし、彼女の手足の自由を奪う。
「どうだ?その出来損ないの失敗作に競り負けたご気分は?え?」
剣先をロザリーの細い首に突き付けるハルファス。ピジョンブラッドの瞳は怒りに燃えていた。あまりの迫力に、ロザリーは目の前に居る魔族に恐怖を感じた。
剣を振り上げ、切っ先を彼女の首に向ける青年。そして一気に振り下ろす。
「!!」
ロザリーは目をグッとつむり、来るであろう痛みに備えた。
ドスッ
剣が刺さった音がした。しかし、いつまでも痛みが来ない。不思議に思ったロザリーが恐る恐る目を開けてみると、ハルファスの剣はロザリーの顔の真横に突き刺さっていた。
「今すぐ殺してやりたいところですが、僕が味わった苦しみの何百分の一も感じさせないで殺すのも、面白くないですねぇ。」
顔を近付けてそう言った彼の息からは死臭がした。醜く崩れた右側の顔面からは、形を失い、垂れ下がったまぶたの下から押し上げるように、ぎらぎら輝く赤い瞳孔がこちらを覗き込んでいる。
「ロザリー、貴女に最高の贈り物を与えましょう。」
ハルファスが魔力の風で引き寄せた袋の中から取り出したのは赤い固まりだった。月光がその表面をぬらぬらと照らす。
「何それ?」
「それは食べてみればわかりますよ。」
残虐な光を放つ血色の目に、赤毛の妖精の背を悪寒が走る。
「いや!食べたくない!」
「一人で食べられませんか?なら僕が直々に食べさせて差し上げましょう。」
ハルファスはロザリーの鼻を摘み、呼吸ができないようにした。
最初は口を結んで抵抗していたロザリーだったが、苦しさに耐え切れずに開口する。
そこへすかさず固まりを押し込むハルファス。
「う!」
「吐こうとしちゃダメですよぉ。しっかり味わいなさい。」
ハルファスはロザリーの顎を手で動かして無理矢理噛ませ、水を流し込んで飲み込ませる。
「私に、何を食べさせたの?」
口の中に残る鉄の味に、ロザリーは恐ろしくなって尋ねた。
「わかりませんか?ではヒント。僕の主食兼好物です。」
「・・・・・。」
彼女の脳裏を嫌な答えがよぎった。しかし、この答えを認めたくはなかった。
「まだおわかりになりませんか?では最終ヒントです。」
ニヤニヤ笑いながらハルファスはロザリーの目の前に何かを突き出した。
「・・・これ、な~んだ?」
「きゃああああああああああああああああああ!!」
ハルファスが手にしていたのは生首だった。目は恐怖か苦痛でカッと見開き、半開きの口の端から血が流れ出ている。長い髪は黒い手に握られている。つい最近殺したばかりなのか、肌の色は血色が良かった。
生首がブランブラン目の前で揺れる。傷口からポタポタと血が滴る。
「う、うえっ!」
生首を見せ付けられたロザリーは、その場で胃袋の中の物を吐き出した。
「おやおや、せっかくの肉を吐き出して、勿体ないですねぇ。特別にもう一切れだけ差し上げますから、もう一回お食べなさい。」
「嫌よ!」
ロザリーは必死に首を左右に振って、鼻を摘まませまいとする。片手が塞がっているハルファスはなかなか捕まえられない。
「こうなったら奥の手だ。」
いきなり持っていた肉塊をかじりだすハルファス。手中の死肉を全部口に入れて咀嚼する。開いた両手でロザリーの顔をガッと掴んで固定し、彼女の唇に自分の唇を重ね、噛み砕いた肉を彼女の口に流し込む。突然のキスに驚き、思わずロザリーは肉を飲み込んだ。
「自ら肉を飲み込みましたね。」
口の端から血を垂らしながら、にたりとサディスティックな微笑みを浮かべるハルファス。
「あ・・・ああああああああああああああああああああああ!!」
「あははははは!!堕ちましたねぇロザリー!!ははははははは!!」
狂気じみたハルファスの笑い声を耳にしながら、ロザリーの意識は闇に落ちた。
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