妖魔戦記
魔獣姫 作
1話
「う・・・ひっく・・・・・ぐす・・・・・。」
木陰に座りこみ、ひざを抱え込んですすり泣いている1人の少年。
雪のように真っ白な髪と乳白色の肌。腕で隠れて見えないが、ピジョンブラッドの瞳孔と尖った耳、背中からは髪と同じ色の翼が生えている。
少年の名はハルファス。彼は立派な魔族の王子なのだが、生まれつきの白い髪と赤い瞳のために一族から虐げられていた。唯一の庇護者である母親もすでに亡くなっていた。
父親である大魔王からも「お前みたいな色無しの失敗作、我が息子ではない。」と罵られ、魔族と認められていなかった。
そんな生活に嫌気が差し、彼は母国である魔界から隣国である妖精界に亡命した。魔族に受け入れられなかった自分を、妖精達ならきっと快く迎えてくれるだろうと、淡い期待を抱いて。
魔族からの追っ手は来なかった。なぜなら、魔族のほうでは厄介者のハルファスが居なくなって清々していたからだ。
しかし、妖精も彼を受け入れてはくれなかった。敵種族である魔族の少年を、彼らは冷ややかな軽蔑と侮蔑の眼差しで迎えた。妖精の子供ですら彼と関わろうとしなかった。声をかけようものなら、「魔族のくせに、気安く話しかけるな。」と言われ、突き飛ばされた。何もしていないのに石を投げられることもしばしばだ。
そんな訳で、他の子供達が自分の側で遊んでいるのを横目で見ながら、ハルファスは木陰に1人ポツンと座っていた。
「どうして皆僕を嫌うの?どうして誰も僕と遊んでくれないの?どうして誰も僕と話してくれないの?どうしてお母さん死んじゃったの?」
母親以外の誰からも愛されないハルファスは問い続け、泣き続けていた。
「ねえ、貴方どうして皆と遊ばないの?」
泣いていると、誰かが声をかけてきた。ハルファスが顔を上げると、彼のすぐ横に1人の妖精の少女が立っていた。
青い泉のような美しい水色の瞳にバラのような赤毛、ガラスのように透き通った羽を持つ整った顔立ちの美少女だ。
「だって、皆に遊ぼうって言っても、『こっちに来るな魔族』、『誰が魔族なんかと遊ぶか』って、誰も僕と遊んでくれないんだもん。」
言い終えたハルファスの赤い瞳から涙が一筋流れた。
「ふーん。じゃあ、私と一緒に遊びましょうよ。」
少女の唐突な言葉に、ハルファスは目を丸くした。
「え?・・・いいの?・・・本当に?」
「ええ。いいわよ。」
少女がそう言うと、ハルファスは心底嬉しそうな微笑みを浮かべた。
「私ロザリー。貴方の名前は?」
「僕の名前はハルファス。よろしくね、ロザリー。」
差し出されたロザリーの手を、慌てて涙を拭い、おずおずと握り返すハルファス。
「さ、まずはここから出ましょう。」
ハルファスの手を握ったまま、木陰の外へ引っ張り出すロザリー。
「え?ちょっと待っ。」
ハルファスの言葉が終わらないうちに、ロザリーは彼を日向に連れ出した。木陰から出た途端、ハルファスの目に強烈な日光が飛び込む。
「ぎゃあ!!」
あまりの眩しさに悲鳴を上げて木陰に舞い戻る。その悲鳴に周りの者達も彼に注目する。
「どうしたの?」
顔を覆って元の場所に逃げたハルファスに尋ねるロザリー。
「ま、眩しいんだ!」
「そう?そんなに眩しくないわよ。」
ハルファスの言葉にコトンと首を傾げるロザリー。
その日の天候は晴れてはいたが雲が多く、日差しは強くなかった。
「でも、僕にはすっごく眩しいんだ。」
「うーん・・・ちょっと待ってて。」
そう言うとロザリーはハルファスをその場に残し、どこかへ走り去った。やがて、片手に黒い傘を差して戻ってきた。
「はい日傘。これなら眩しくないでしょ?」
ハルファスに日傘を手渡すロザリー。ハルファスは日傘を握り締め、じっと見つめた。彼は日傘なんて物を見て触れたのは初めてだった。
「ハルファス!貴方、大丈夫なの!?」
「え?」
いきなり心配の言葉をかけるロザリーに困惑するハルファス。
「目が横にギョロギョロ動いてるわよ!」
なるほど、ロザリーの言う通り、ハルファスの赤い瞳孔が小刻みに左右に動いている。
「ああ、これ?わざとじゃないよ。なんかね、時々勝手に動いちゃうんだ。」
彼によると、集中して物を見つめた場合によく起こるのだそうだ。いわゆる『眼振』という現象である。
「でも、普段はちゃんと見えるから安心して。」
にこりとロザリーに微笑むハルファス。その優しい笑顔は、見た者を誰でも心の底から幸せにしそうなものだった。
「そう。ならいいんだけどね。それより、早くこっちへ来なさいよ。」
妖精の少女に促されるまま、魔族の少年はぎゅっと目をつぶり、両手で日傘をしっかりと持ち、恐る恐る日向へ1歩踏み出した。
「ほら、目を開けてみて。」
ロザリーの言う通りに、ハルファスはゆっくりとまぶたを開ける。先ほどのようなひどい眩しさは感じなかった。
「どう?」
「・・・・・眩しくない。」
「でしょう?さあ、これでもう問題は無いわね?」
ロザリーはハルファスの柳のように細く白い手を引いた。
それからハルファスとロザリーは一緒に遊ぶようになった。周りから白い目で見られたが、気にならなかった。2人で一緒におやつを食べたり、本を読んだり、おしゃべりをしたり・・・。
毎日が楽しくて、幸せで、この日々が永遠に続くと思われた。しかし、この幸福な日々も長くは続かなかった。
ある日、ロザリーとハルファスは森の中でお茶を飲んでいた。2人のすぐ側には綺麗な川が流れている。
「ねえロザリー、君のお茶に入ってるそれ何?」
ハルファスがロザリーのお茶の上に浮かんでいるピンク色の草を指差して聞いた。
「わかんない。お母様がいつも入れて飲んでいらっしゃるから。ハルファスも飲む?」
「僕はいいよ。このままで飲みたいから。」
「そう。」
ロザリーはお茶のカップを口に運ぶ。彼女の指に光る指輪がハルファスの目に留まる。
「綺麗な指輪だね。」
「あ、これ?お母様に頂いたの。」
「君のお母様から?」
「そうよ。私の誕生日にプレゼントして下さったのよ。」
「見せてもらってもいい?」
「いいわよ。でも気を付けてね、割れやすいから。はい。」
ロザリーはそっと指輪を抜き、ハルファスの白い手に渡す。
「ありがとう。へえ、宝石がバラの形なんだ。」
指輪のリングはシルバーの至ってシンプルな物だが、宝石の薔薇水晶がバラの形に彫刻されており、まるで本物のバラの花のようだった。
「お母様が、私だけのために特注で作って下さったのよ。だから、その指輪は私の大切な宝物なの。」
「ロザリーはお母様のこと大好きなんだね。」
「ええ。ねえハルファス、貴方のお母様は?」
ロザリーの問いに、ハルファスは一瞬言葉を詰まらせた。
「・・・死んじゃった。」
「え?」
「病気で。僕が小さい時に。」
辛そうな、泣きそうな表情で、ハルファスは声を絞り出すように告白した。
「そうなの。・・・ごめんね辛いこと思い出させちゃって。」
潤んだ瞳で詫びる少女に、思わず赤面する少年。
「い、いいよ。昔のことだもん。あ、指輪見せてくれてありがとう。」
ハルファスは指輪を持ち主に返却しようと手を伸ばし、ロザリーの手に乗せようとした。
このとき、ハルファスの眼振が起き、誤ってロザリーの手から外れた所に指輪を落としてしまった。手から離れた指輪は石に接吻して砕け散った。
「ああ!!お母様から頂いた物だったのに!!」
砕けた指輪を集めるロザリー。
「ご、ごめんね。」
ハルファスもしゃがんで指輪の欠片を集めようとしたが、その手をロザリーが叩いた。
「触らないでよ!!」
「ろ、ロザリー?」
「みんなの言う通りだったわ!!やっぱり貴方は魔族!!いじめられてるから、一人ぼっちだったから、かわいそうに思って仲良くしてやったのに、よくもこんな酷いことを!!色無しの成り損ないのくせに!!出来損ないの失敗作のくせに!!」
ロザリーの投げ付ける罵声の言葉が、ハルファスの心にヒビを入れる。
「あっちに行ってよ!!出来損ないの魔族!!」
ロザリーはハルファスにカップに残っていたお茶をぶちまけた。
ハルファスも、ロザリーも知らなかったのだが、彼女がお茶に入れて飲んでいたピンクの草は『除魔草』。妖精が触れても何の害も無いのだが、魔族が触れればその体を溶かしてしまう。つまり、魔族にとっては硫酸に近い猛毒なのだ。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!」
顔に除魔草のエキスがたっぷり入ったお茶をもろに被り、ハルファスは両手で顔を覆って絶叫した。
「ああああああああああああああ!!熱い!!熱いよぉ!!」
絶叫と共に聞こえてくる、彼の皮膚を溶かすジュウジュウという音が、恐ろしさを掻き立てる。ハルファスはあまりの苦痛によろめき、誤って川に落ちてしまった。慌てて上がろうとしたが、翼が水を吸い、重くて上がれない。おまけにこの川は水深が深く、流れも速かった。
「た、助けてロザリー!!翼が、水を吸って、ロザリー!!」
流されながら、ハルファスは必死にロザリーに助けを求めた。だが、ロザリーは目の前の出来事に怯え、その場から動けなかった。
「ロザリ、助け、ロザリー!!」
彼の視界から赤毛の少女が遠ざかっていく。必死に白い腕を伸ばすも、彼女には届かない。ハルファスの赤い目から涙が流れた。どこかで何かが砕ける音が聞こえた。
「ロザリー!!」
白い魔族は叫びと同時に川に飲まれた。これが、ハルファスが目撃された最後だった。
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